クリスマスシーズン、イルミネーションに打ちのめされ、おでんを食べられなくなり、もう山奥に逃げたい
ハロウィンが終わり、非パリピ要するに陰キャたる肘はようやく安寧の時を迎えられると、一息つこうとした。
しかし街は11月になった途端、煌めき、マライアキャリーとかラストクリス◯スが流れ出す。
緑の木々はLEDライトや星飾りをこれでもかと背負わされて窮屈そうだ。みんなもっと自然に優しくした方が良い。あと、肘にも優しくあれ。
世界的有名宗教の神の生誕祭が近付いている。
ク◯スマスなんておぞましくて口にできない。伏せ字だ伏せ字!!!
ひんやりとした空気の中、カップル達が手に手を取り合い「光」に暖かみを求め、きゃっきゃきゃっきゃとLEDに群がる。写真を撮る。インスタに上げる。
彼/彼女らは正しくその瞬間、「恋人がいて、イルミ◯ーションを見て美しさに感動できる情緒がある」即ち「持てる」人間だということに意識的/無意識的問わず幸福を感じ、かつそういった人間であると世界に発信するのだ。
クリス◯スやイ◯ミネーションは、いつからカップル達のものとなったのだろう。(ものとならずとも、記号的に結び付いているのは否めないはずだ)
結果、物理的にはただの「光る木」「LED」を目にすると、肘は震え、恐れ慄き、泣きたくなり、虚無が溢れ出すという何とも情けない姿を晒すことになる。クリスマ◯とかイルミネー◯ョンがいかに殺傷能力の高い凶器であるか、皆さんおわかりいただけただろうか?
伏せ字にするの疲れたからここからは普通に晒していく。もういいや。
ならば、クリスマスから逃げれば良い。
とことんクリスマスらしさを排除しようではないか。
「サンタクロース」なんて言葉を発さなくて良いよう彼のことは「赤服のおじさん」と呼ぶとか、
イルミネーションを見たなら「アイドルの煌めきとおたくの掲げるサイリウムの方が美しく輝く」と内心反抗するとか、
ケーキやチキンを食べないとか。
クリスマスという概念を感じなくて良い山奥に行き、クリスマスらしからぬ音楽を聴き、クリスマスらしからぬものを食す。
そんな「クリスマス逃避合宿」を自主的に実施したい気持ちでいっぱい。
ここで一つ問題点。
肘は、クリスマスにおでんを食べられない。
聡明なる読者諸君の推理力をもってしても「こいつは何を言っているんだ」と思うことだろう。自分でも思ってる、ごめんなさい。
思い出したくはないし、あまり覚えていないようにしているが、肘にも一応世間一般で言うところの「交際経験」がある。
過激派失恋芸人としてはもはや恥ずべきとも言えるこの期間、あろうことか肘は「逆張りする自分かっこいい」という厨二的自己陶酔の結果、「クリスマスにイルミネーションを見ず、クリスマスらしからぬ食事即ちおでんを食べる」という企画(世間一般でいうデート)を敢行してしまった。
「イルミネーションとか混んでそうだから良いかな〜〜〜」と謎の余裕綽々逆張り。
結果、いざ「クリスマス逃避」を企てようとする現在になり、「クリスマスらしからぬ食事」の選択肢を一つ失い、さらには「おでんを見ても震え出す」情けなさを露呈することとなっている。
まとめると、今、肘が見ると恐れ慄き震え泣き出しそうになるものとしては、「ツリー」「イルミネーション」「おでん」があるわけだ。3つ目だけ様子がおかしい。
では、解釈を変えていくのはどうだろう。
物理的には「光る木」「LED」を見て情けない姿を露呈しないで良いように、本当はイルミネーションを手懐けたい。
ただの光源でしかないのだから、「イルミネーション=冬のカップル」といった記号を肘の脳内では上塗りできる愉快な出来事を起こせば良い。
イルミネーションを見ながら肉を焼き、酒を飲めば「イルミネーションは宴会を盛り上げるセットの一部」と思えるだろうか。実行へのハードルが高い。
長々書いたが肘が世間に訴えたいのは、
イルミネーションを作る暇があったらみんなサイリウムを振ったら良いと思うし、
カップル達は「カップルらしいこと」をしておいた方が後々自分の「逃避」を苦しめないから自意識高く逆張りなどしないように、
ということだ。
皆さませいいっぱいイルミネーションを崇め、恋人のプレゼントに悩み、ケーキとチキンを食してほしい。
肘は山奥で日本酒ともつ煮込みを楽しみたいし、イルミネーション現場にサイリウムを持ち込み肉を焼き酒を飲んでみたい。即出禁請け合いである。
あ〜〜〜やっぱりレンタル彼氏するしかないな!(完)