人生は思考/試行の連続だ。
人と関わり、選択・調整・交渉・対話・配慮など、状況を思考・判断していかねばならない。それが人生の醍醐味で楽しさかもしれないが、不安や疲労の元でもある。元で"も"あるというか、私にとっては不安や疲労のほうが大きい。
醍醐味や楽しさを多く拾い集められれば良かったが、この不安がりな性質は三十数年持ち合わせてしまったのでなかなか変えるのが難しい。「前向きになろう!」「不安がりをやわらげよう!」みたいな自己啓発本はいろいろ読んだが、引き続き不安がりである。
何もしたくない。何も考えなくない。でも社会はそれをなかなか許さないように感じる。
「何もしない」を許されたい。
それが許されると感じられるのが、サウナや岩盤浴だ。ひたすらぼーっとすれば良い。だからか最近サウナや岩盤浴が好きだし、行く頻度は高まっている。
他にも「何もしないが許される」時間・空間を見つけてストックしておきたい。たぶん、それか休息ってやつだ。
たとえば海を眺めたり、水族館をゆっくり回ったり。
「自分らしく、ありのままに、自然体で」みたいな、ポジティブで意識の高そうなキラキラしたワードは眩しすぎる。
私には「何もしないを許される」というような表現の方が優しく感じる。
意識的に「何もしない」のバリエーションを増やそう。